| 診察日 | 2003年春より初夏に掛けて |
| 診察概要 | こむたんの腎臓系疾患に付いて |
| 写真・動画 | 診察内容 |
|---|---|
![]() |
我が家の人気者だったこむたんが、星になるまでの経過を、簡単ですが紹介しようと思います。ずっと忙しかった為に、中々この闘病記もアップできずに貯めまくってしまったので、ちょっと手抜きっぽくなってしまい申し訳なく思います。さて左の写真は、まだそれほど具合の悪くなっていない頃のこむたんです。しかしこの時点で体重がピークの頃より少しづつ落ちてきていました。その為他のハムの誰かが通院するたびに必ず一緒にこむたんも連れて行って診て頂いていたのです。しかし、最悪に具合悪くなるまでは、腎臓系の疾患とはっきりと診断されず、結果的には星になってしまったと言う経緯があります。 |
![]() |
この頃には体重も相当落ち、こむたんのプリプリした外見は全くと言って良いほど無くなってきています。食欲は有るようですが、口の中に入れても以前ほどは食べず、食糧倉庫に溜め込んでいるだけのようでした。依然何度か生殖器部分から、膿のような物が出ていたりしたのですが、それらからメス特有の子宮蓄膿症ではないかという診察の元、投薬治療を行っていました。しかし今となってはそれだけで良かったのか少し疑問も残るところです。SICKDAY12にも書きましたが、下半身おなか側の足の付け根部分に水が溜まっていたのが何による原因なのか、その時の説では腫瘍が出来ていて、そこに水が溜まるというお話でした。しかしその部位については、卵管、卵巣付近と言うことでしたから、腎臓に付いては触れられなかったのがちょっと気になります。 |
![]() |
この頃になるともう以前のような面影はありませんでした。目にも力が無くなってきています。 |
![]() |
かと言えば、このような可愛らしい表情も見せたりします。 |
![]() |
この写真の時期は、まだ自力で餌を一生懸命食べていました。しかし硬いものが食べ難いようで、ぶのしが特製のやわらかい餌を作ったり、スタミノンや栄養価の高い物を特に多めにあげたりしていました。足取りも本当に弱弱しくなり、段差がきついのか餌入れに入ったり砂場に入ったりするのが大変そうなのでその辺を工夫したりしました。砂場は入り口が低い物に変え、餌入れは陶器製の低い入れ物にしたりと言った感じです。 |
![]() |
この写真を撮った時ぐらいにこむたんが急に体調が悪化して、慌てて夜中でしたが横尾動物病院に見せに行きました。夜中に体調の異変に気が付くことが多いのは、ハムの活動時間が夜だと言う事と、餌の時間が夜だと言う事にあります。この日も夜中でしたが、たまたま医院長先生がいらっしゃったので、無理を言って夜中に見ていただきました。その際に超音波で診察していただき、レントゲンも撮っていただいたのですが、時既に遅く、腎臓の一個が機能しなくなるほど悪化しており、そう長くない可能性があると教えていただきました。色々と考えることもあったのですが、あまりそのことには触れないでおきます。人間もそうですが、腎臓系の疾患は一度悪くなると移植でもしない限り治る事は有りません。後はどれだけ薬が効いて、長く生き延びられるかと言うことになります。しかしこむたんはその後かなり頑張ったと思います。一週間持たないかもと言われたのに、その後一ヶ月半以上も頑張ったんですから。だからこそ飼い主の責任は大きいですね。こむちんにもっと適切な治療を受けさせてあげられなかったのか今でも考えます。 |
![]() |
夜中に病院に連れて行ってから暫くは小康状態を保っていてくれたんですが、日増しに衰えて行くのが分かります。目にも力が無くなり、食欲も落ちて行きます。薬も一日三回あげて、ビタミン入り栄養剤も頻繁にあげます。それと水で溶かした粉ミルクのような栄養剤を注射器で口に頻繁にあげなくてはなりません。こむたんは凄くいい子でしたから、あまり嫌がったりせず飼い主が苦労する事も無く薬も飲んでくれるので助かりました。夜中でも昼間でも、気が付けば薬と栄養剤、ミルクを与え続けました。写真で見ても分かるとおり、目が開かなくなることもしばしばで、精神的にも参りそうな私たち飼い主でしたが、それ以上にこむちんの方が大変だと分かっていましたので、弱音は決して吐かずに、頑張って看病しようと二人で話していました。 |
![]() |
実はうなどんが亡くなったのもこの時期です。正直こむたんのほうが先に星になりそうだったのでうなどんの不慮の事故と言うか、私たちが死なしてしまったのが非常にショックで悔しくてたまりませんでした。うなどんの亡骸にこむたんを近づけると仲の良かった二人でしたから、まるでうなどんを揺り起こそうとするように見えて尚更悲しかった記憶があります。その時にうなどんに誤るだけでなく、こむたんにも誤った二人の飼い主でした。それから暫くしてこむたんが旅立ったのも、もしかしたら怒ったうなどんが、こむたんを連れに来てしまったのかと思ったりもしました。 |
![]() |
この写真はこむたんが旅立ってしまう数十分前の最後の写真です。もうこの時には苦しいのかじっとしている事が出来ず、ケースの中から出して出してと催促ばかりしていました。その為にケースから出してやる為のスペースを部屋の隅に作ってやり、そこで落ち着くまで見てやったり酸素ボンベで酸素を与えたりしていました。最後の一週間ぐらいは、こむたんは私の手の上に良く乗りたがり、何故か手の上に乗ると落ち着くようで、私も良く手の上に乗せたまま用事を済ませたりしていました。お尻が上手く出来ないので、その面倒も見ていました。最後の日の前日、一度元気になりました。今思えばこれが、自分が弱っているのを本能的に隠そうとする行動の現われで、最後の力を振り絞っていたのではないかと思えます。その時はそれで何とか持ち直してくれるのか?と期待していたんですが、翌日は本当に具合悪くなり、覚悟しなければいけないとぶのしと話したりもしていました。しかし生きる力と言うのは凄いですね。星になるちょっと前まで一生懸命生きようと、食べられないぐらい弱っているはずなのに、餌を無理にでも食べようとするんです。ひま種も殻が自分で割れないので剥いてやるとそれを嬉しそうに頬袋にしまい、乾燥イチゴもかぼちゃの種も細かくしてやると一生懸命食べたり頬袋にしまったりするのです。心の中でこのまま栄養取って、何とか頑張ってくれと叫びながら看病しました。しかしその甲斐も無くこむちんは旅立ちました。しかもまるでぶのしが仕事から帰ってくるのを待つかのごとく、帰ってきたのを見計らって旅立ったのです。本当に可愛いやつでした。私たち飼い主二人は、こむたんに出会えた事を今でもホントに感謝しています。それだからこそ、腎臓系疾患に気が付くのが遅かったことが悔やまれてなりません。こむたんは私がペットショップで選んだ子で、最後の方の面倒は、ほとんど私が診ていました。それだからか本当に星になった瞬間から悲しさが滝のようにとめどなく溢れました。私の手の上で行ってしまったこむたん。手の上から安置場所に移しても、暫く手のひらからこむちんの匂いは消える事が有りませんでした。 最初の出会いから最後の別れまで、私に面倒見させてくれて本当にありがとう。あなたのことは決して忘れません。 お疲れ様、そしてさようなら。 いつかきっと帰ってきてくれることを祈っています。 |